火山災害の防災・減災と噴火予知

日本大学文理学部教授・東京大学名誉教授  荒牧 重雄



 火山は噴火する.地下のマグマが,ある場合には激しく,ある場合にはゆっくりと地表に出てくる現象が火山活動である.
 マグマは地下で発生して地表へ上昇するが,地球が誕生してからずっとそうしてきた.ただ,地球誕生のごく初期(45億年くらい前)には,マグマの活動はきわめて活発だった.一時は,地球の表面全部が,溶けた高温の溶岩の海で覆われていたのだろうと想像されている.
 しかし,マグマの活動はその後急速に衰えて,地表に局部的な火山地域を作るような状態へと変わっていった.そしてそのような状態はずっと続いて,現在に至っていると考えられている.それでも,地球という惑星は,ほかの地球型惑星のどれよりも活発な火山活動を長く続けてきた.地球という惑星を特徴づけるものの一つが火山の活動であるのだ.
 地球という惑星を特徴づけるもう一つの現象は,もちろん,生物が繁栄していることである.人間は生物界の頂点にたち,現在では地球の表面を事実上支配している.なぜ地球だけがこうなったのか?地球の表面に液体の水が存在したことや,大気の温度や組成が好条件であったことなど,いろいろな特殊な(あるいは偶然の)条件が考えられるが,とにかく,事実として,我々人類が地球の上に「文明」というものを築き上げて,環境を独占するようになってきたのである.
 人間の文明の発達は,最近1万年間のことであるが,地球全体の歴史,46億年間と較べればあまりにも短い.しかし,文明の発達の速度は最近になるほど急激に増大してきたので,次の21世紀に入ると,いったいどうなるのかと考えると,恐ろしくなることもある.

写真1 イタリア,ストロンボリ火山.地中海に浮かぶ火山島で,過去3000年にわたって休みなく爆発的な噴火を繰り返している.「地中海の灯台」と呼ばれているのも理解できる.

 すでにはっきり現れている問題の一つとして,文明が要求する,人間にとって快適な生活空間を確立し保全することと,自然現象とが激突するするようになってきたことがあげられる.たとえば,台風が上陸して家を壊し,洪水が田畑を洗い流し,日照りが続いて飢饉が起きたり(気象災害),地震が起きて都市が破壊されたりする.このような自然災害の一つとして,火山活動によって引き起こされる災害がある.文明が発達すると,自然現象との摩擦は増大する一方であり,自然現象の物理的な「激しさ」は昔と変わらなくても,文明の中で用いられる尺度で計った「損害額」はどんどん増大する.人間の活動範囲が,活火山の裾野から中腹にむかって広がって行くと,それまで被害を被らなかったような規模の火山噴火でも,大きな災害として社会を騒がせるようになる.
 日本は火山国であると言われているように,活火山が多い.したがって,火山活動と人間の生活活動との衝突がしばしば起きる.8年前には長崎県の雲仙火山が噴火をはじめて,火砕流により44名の死者が出たり,土石流によって多くの家屋が破壊されたりした.1991年(平成3年)のことであるが,それ以来,大きな被害を出す噴火は,日本では起きていない.8年といえば,短いようでもあり,長いようでもある.人間の一生の中の8年はそんなに短いものではない.20世紀を通して見ると,日本では,災害を伴う火山の噴火はおよそ20回起こった.ということは,約5年に1回の頻度で,新聞の第1面に大きな活字で報道されるような事件が起きていることになる.噴火した主な火山の数は10個くらいであるから,ある特定の火山が数年に1回ずつ噴火して,災害を発生しているというわけではない.
 実際には,大きな噴火というものは,そんなに頻繁に起きるものではない.ある特定の火山に注目すると,大噴火は数十年あるいは数百年に1回の頻度で起きていることがわかる.火山の寿命は数万年から数十万年の場合が多いから,火山の方から見ればずいぶん数多くの噴火を繰り返すことになるが,人間の方から見れば,必ずしも頻繁に噴火するようには見えない.人間の一生は数十年であるから,自分が特定の火山のすぐ近くに住んでいたとしても,その火山が噴火するのを必ず見聞できるとは限らないことになる.というわけで,雲仙火山の麓にすんでいる人々は,200年前(1792年)に大噴火があったことを,読んで知っていたかもしれないが,噴火を体験したことはもちろんなかった.初めは小規模の水蒸気爆発で始まった平成の噴火は,やがて溶岩ドームの成長が始まり,火砕流が発生して,斜面を高速で流れ下るようになった.火砕流とはどんなものか,よくわからないでいるうちに,比較的大規模な火砕流が起きて,その映像を撮ろうとして,山に近づいて待機していた報道関係者がそれにのみこまれてしまった.このような災害は,火砕流がどのように危険であるか,どのようにして発生するのかをよく知っていれば,避けられたものである.

写真2 雲仙普賢岳.山頂ドームから少量の噴煙が出ている(1994年撮影).現在では噴煙はほとんど認められない.手前の荒れ野は,火砕流や土石流堆積物で埋め立てられた水無し川の河床.

 ここで問題になることは,火砕流がどれだけ危険であるか,体験せずに前もってよく理解する必要があることである.このことは,頭で考えるよりは,はるかに難しいことである.ほかの自然災害の例と較べてみよう.台風や集中豪雨のような気象災害は,ほとんど毎年起きる.したがって,台風がくればどういうことが起きるか,また災害を防ぐにはどうすればよいか,誰でも知っている.また,平均的な日本人なら,震度3の地震は体験したことがある.もっと激しい地震もいくらか想像がつく.地震を全く経験したことのない西洋人にとっては,大人でも,震度3は大変ショッキングな体験なのである.最近では,震動台にのって,もっと強い震度の揺れを自分で体験することができる.このようなことは,地震災害を防ぐ上で大変な助けになる.あらかじめ何が起こるかを知っていることは,大きな力なのである.
 そこで,火山噴火についてはどうであろうか.テレビでは,噴火の光景を誰でも見たことがある.しかし,実際の噴火の現場での臨場感は,口では言い表せないほどすごいものである.自然の力に圧倒されるという感じである.平均的な日本人なら,一生の内に一回でも噴火を体験できる確率は大変低いものである.数百年に1回起きる大噴火の記憶は,子孫に口伝えで伝承することがきわめて困難である.人間の世代交代のサイクルの方がはるかに短いからである.寺田寅彦は「天災は忘れた頃にやってくる」と言ったそうだが,大きな火山災害は,「すっかり忘れ去られた後,長い間経ってからやってくる」のである.そのような場合には,恐ろしい火砕流の破壊の具体的な記憶は忘れ去られ,おそらく「火砕流」という言葉だけが実感を伴わずに残るのかもしれない.
 今年の8月に,集中豪雨による河川の突然の水位上昇によって,中州でキャンプをしていた人々が多数流されて亡くなったという事故があった.個々の犠牲者を責めるのではなく,一般的な議論であるが,このような事故は,おそらく数年に1回は新聞紙上をにぎわすニュースであり,事故の内容は決して異常でも原因不明なものではなく,上流部で豪雨があれば,川の水位が急上昇する危険があるということは,ほとんど常識の範囲内にあるといえるであろう.しかし,悲劇的にもこのような災害が発生した.ここで議論しているような火山災害の頻度に比べれば,遙かに発生頻度の高いこのような水難事故についてでさえ,災害に備える知識の不足が致命的か結果をもたらしたことが見て取れる.
 火山災害を防ぐために必要な条件の一つが,上に述べたように,日常経験から隔絶したような現象を,的確に把握して,とっさに適切な対応がとれるように準備することなのである.ところが,火山の噴火活動は様々な様相を見せ,集中豪雨=河川水位の急上昇というような単純な例だけではすまない,複雑な様相を見せる.たとえば,火山が噴火すれば,必ず火砕流が発生するなどということは決してない.激しい爆発を伴わずに,溶岩が静かに流出するような噴火もある.ハワイの火山のように,粘性の低い溶岩が噴出するときには,激しい爆発はまれである.しかし,環太平洋火山帯(日本列島もその一部である)の,安山岩質マグマを噴出する火山は,一般的に激しい爆発を伴う噴火が特徴的である.爆発的な噴火により,火山弾などが飛んでくるのは怖いことだが,これはあまり遠くまで飛ばず,被害はそう大きくはない.それよりも大きな災害をもたらすものとしては,空高く噴き上げられた岩塊や火山灰がかぜに吹き流されて,遠方まで大量に降り積もる現象(火砕物降下)や,火砕物が一段となって高速で斜面を流下する火砕流がおそろしい.溶岩流は見た目には恐ろしく,実際にその破壊力は大きいのだが,前進速度が遅く,避難が容易である.土石流・火山泥流は,見た目よりは危険というべきで,頻繁に起きるし,その破壊力は重大な損害を与える.

写真3 桜島火山. 北東から見た日本の代表的な活火山桜島.左手の噴煙を出しているのが南岳で,現在活動中.右側は北岳.南岳より古い山体で,現在は活動していない.

 火山活動による災害を,地震災害と比較すると,その多様性がすぐ目にとまる.地震災害は比較的単純で,地面の強い震動によって,地表や建造物が破壊されるのが中心である.火山災害は,上に述べたように,加害原因がいろいろの異なった事象からなる.もちろん,破壊の後に起こる二次的な混乱・破壊現象,たとえば都市のインフラ機能の麻痺による種々の災害等は,多種多様であるが,この点については地震災害も火山災害も基本的には区別はない.一次的な災害の多様性に関しては,火山災害はきわめて得意な災害といえる.そのような災害に対応するためには,先ず加害現象の多様性とそれぞれの特徴をよく知ることが必要である.
 実際に火山活動から被る災害を防ぐには,あらかじめ何時どのような火山噴火が起きるかを予測できれば,大変具合がよい.火山災害に真正面から立ち向かって,物理的に阻止しようとするような試み,たとえば進んでくる溶岩流をくい止めるとか,火口から飛び出そうとする火山弾を押さえ込んでしまうとかいう努力は,技術的に先ず不可能である.しかし,噴火が予知できれば,避難や他の予防措置を効果的にとることが出来て,大きな効果をもたらす.しかし現実には,火山噴火の予知はまだ出来ないとされている.気象庁は活火山の活動状況を随時監視して,異常があれば国民一般に知らせることを義務づけられた,国の機関である.しかし気象庁は,天気予報は業務として行っているが,「火山噴火予報」は業務として行ってはいない.火山が何時,どこで,どのような噴火をするかを,天気予報のような正確さで予測することは,今の科学技術ではまだ出来ないというのが,火山研究者や防災関係者のコンセンサスである.しかし,将来の予報の可能性については,希望は大いにあるということを,ここでは強調したい.
 最近10年間に,日本で起きた火山噴火の事例を通してみると,そのほとんどについて,何らかの前兆をとらえることが出来ていたのである.たとえば,1990年11月に始まった,雲仙普賢岳の噴火に先立つこと1年の時点で,やや深い小地震が群発し始めた.噴火の4ヶ月前になると,地震は増加し,火山性微動という特殊な地震が加わってきた.この時点で,何か異常な事象,噴火に結びつくかもしれない事象が地下で発生していることが火山研究者の間で確信された.そこで,観測点の強化や観測態勢全般の強化が着々と実施され,11月の噴火開始に至ったのである.他の噴火の事例についても,似たような前兆現象が捕まっているケースが多い.
 では,噴火予知は可能ではないのか?答えは,未だ「ノー」である.一般市民が有効に利用できるような噴火予報は,噴火が起きる場所や時間がかなり細かく(正確に)表現できなければならない.たとえば,天気予報は1日のうちの3時間の範囲内で,30 kmx30 kmの地域内でどのような天気になるか(降雨があれば何mmか)というような精度で現在予報がなされている.火山噴火の予報は,とてもそんな精度では無理である.「xx火山がこれから数カ月以内に噴火する確率がかなり高いです」というような予報を,一般市民の日常生活に利用することは出来ない.しかし,だからといって,このような予報が無価値だということにはならない.このような「あいまい予報」でも,社会のマネージャーとでもいうべき,防災担当者,行政の責任者などにとっては,きわめて有用な予報となりうるのである.なぜかというと,彼らはそのような予報に従って,あらかじめ防災・減災の計画を建て,災害の備えることが出来るからであり,そのような措置は,災害の事後処理の費用に比べて遙かに安いものになるからである.
 そのような意味で,あいまいの度合いは未だ大きいが,とにかく噴火の予知が可能らしいという段階まで到達したというのが,現状だといえるだろう.実際の火山研究者にとっては,実は大変勇気づけられる成果だといえる.火山活動の監視には,各種の変数が測定される.短周期地震,長周期地震それぞれの発生回数や規模そして発生場所,山体の隆起や変形(山体の高度,傾斜,大きさなどの変化を測定する),山体の電気抵抗や磁気的性質,火山ガスの組成や量,地温,地熱流量,噴気量,など,多種のパラメータが種々の測定器を使って測定される.これらの変数は,地下のマグマの動きを知るために連続的に測定され,何らかの異常があれば,どれかの変数が反応する可能性が大きいのである.
 こうして,去年(平成10年)の春頃から,岩手火山の地下で火山性地震が群発する現象が発見され,関係者は警戒を始めた.しばらくして,火山体が異常に膨張しつつあることがわかり,また同時に山頂付近の噴気の勢いが増し,熱的にも活発化しつつあることが認められるようになった.これら3種の独立したパラメータが一斉に異常を示し始めたので,火山研究者のグループは「岩手火山が近く噴火する可能性がある」という合意に達した.この合意は,火山噴火予知連絡会を通じて,行政・防災機関に伝達され,それに基づいて各種の災害予防のための措置がとられることになった.たとえば,岩手火山への登山を禁止する措置,噴火の際に危険にさらされる可能性の高い地域を示すマップ(ハザードマップ)の作成・配布,災害に備えての避難・防災訓練等が行われた.それ以来すでに1年以上経つが,まだ岩手山は噴火していない.山麓のホテル,ペンション,民宿のオーナーは,すでに2回の夏シーズンと1回の冬(スキー)シーズンを通じて,客足の減少という打撃を受けることになった.しかし,現在のところ,地下の異常を示すパラメータの変化は収まっていない状態である.今後の予断を許さない状況ではあるが,火山噴火の可能性を示す異常現象がはっきり認識され,行政機関が火山研究者の勧告を受け入れて,広範かつ長期的に防災上の予防措置をとったことは,岩手火山の例が始めてである.貴重なテストケースとして,今後の推移を見守っていきたい.

図1 岩手山火山防災マップ.1998年,岩手火山の地下活動が活発になってきたのを受けて,もし岩手火山が噴火したらどのような災害が予測されるかを地図に示した「岩手山火山防災マップ」が発表され,火山周辺の住民・関係者に配布された.岩手山の西側では,水蒸気爆発による噴火が,薬師岳を含む東側ではマグマ噴火が起きる可能性が高いという考えに基づいて,注意すべき災害の種類と地域が具体的に示されている(岩手山火山災害対策検討委員会作成・発表).




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1999年9月,日本火山学会: kazan@eri.u- tokyo.ac.jp