静岡県の富士山火山防災計画の考え方

小澤邦雄(静岡県防災局技監兼防災情報室長)

 


 

1.はじめに

 2000年10月から12月及び翌年5月に富士山山頂直下約15km付近で低周波地震が多発した。これまでも富士山体深部で低周波地震が年間数十回観測されていることは研究者にはよく知られていたが、この年は一日に50回以上発生した日もあり、これまでの一年分が一日に発生したことになる。
 このことは、2001年1月以来、マスコミに大きく取り上げられ、改めて富士山が活火山であるという認識を住民が持つこととなった。一部住民に噴火への懸念が生じたが、低周波地震の多発が直ちに噴火活動に結びつくものではないとの専門家の発言報道は、住民の不安を払拭した。
 これまで富士山の噴火可能性について公開の場での議論はタブー視されていたが、今回は火山防災計画の必要性などの議論が公に行われるようになった。

2.静岡県富士山火山防災対策に関する連絡調整会と富士山火山防災協議会

 静岡地方気象台が毎週金曜日に先週の金曜日から木曜日までの1週間分の地震活動を「静岡県及び周辺域の週間地震活動概況」として発表しており、これに基づいて、静岡県内の地元紙の静岡新聞及び中日新聞、ならびにNHK静岡(TV、ラジオ)及びSBS-TVで週間の地震活動が報道されている。通常の富士山体の低周波地震が散発している状況では他の微小地震に紛れて目立たないが、2000年10月27日-11月2日分の週間活動地震概況2000年No.44(2000年11月6日)では群発地震様に発表され、これが例えば2000年11月7日付け静岡新聞週間地震情報で報道され、県下の防災関係者に富士山体での低周波地震の多発が周智のこととなった。
 この段階で一般の人の関心を呼ぶことは殆どなかったと思われるが、静岡県防災局では2000年11月29日に関係市町村、富士砂防工事事務所、静岡地方気象台などの国の機関、県庁内関係課室などで富士山火山防災連絡会を立ち上げた。また、富士山の火山としてのポテンシャルを考えると、火山活動の静かな今の時点から火山防災計画が必要と考え準備を始めた。
 2001年になってマスコミの取り上げ方も大きくなり、富士山周辺の住民の関心も高まった。ここで初めて公に富士山火山防災の議論ができるようになり、県としての富士山火山防災計画を策定することが決められ、平成13年度予算に事業化された。
 富士山は、一旦大規模な噴火が始まると、その影響は地元静岡県・山梨県のみならず、神奈川県・東京都にまで及ぶ可能性がある。このことを考えると国レベルの対応が必要であり、2001年6月に内閣府、国交省(砂防部・気象庁)、消防庁と静岡・山梨・神奈川3県及び関係市町村が参画して「富士山ハザードマップ作成協議会」が設立され、国として富士山ハザードマップの検討が始められた。
 2002年4月には、県の連絡会は火山防災計画作成のための調整をも行うことを明確にするため「静岡県富士山火山防災対策に関する連絡調整会」と改組し、国の協議会も2002年6月に東京都も参画して「富士山火山防災協議会」と改組された。「富士山火山防災協議会」での富士山ハザードマップ作成と火山防災計画の検討結果は、2004年6月29日、富士山ハザードマップ検討委員会報告書として公表された。
 現在、静岡県ではこの富士山ハザードマップ検討委員会での検討内容に沿って、「県富士山火山防災計画」「市町富士山火山防災計画策定ガイドライン」の作成に取り組んでいる。

3.防災計画対象災害など前提条件

 本稿では、富士山火山防災計画についての現時点(執筆時2004年8月末)での静岡県防災局の基本的考え方を述べる。
 通常、火山防災計画は対象火山の現在の火山活動の態様にそって計画されるが、富士山の場合次の火山活動がどのような態様になるか予測ができない。といってもあらゆる可能性を考えるのも限界があるので、計画策定にあたっては、突発的状況で噴火に至った場合にも的確に対応するために必要最小限の対策に重点をおいて策定することとしている。
 また、富士山火山災害の広域可能性を考えると、その火山防災計画も実効あるものとするには広域的な防災計画とする必要があるが、富士山火山防災協議会での広域的火山防災計画についての検討は2004年度に行われることとなっており、当面、静岡県の火山防災計画は、富士山で火山活動が発生した場合の初動対応を中心に書き込むこととし、広域的防災計画は、富士山火山防災協議会での検討を踏まえ2005年度以降に改定することとする。但し、山梨県とは基本的な磨り合わせを行う。

 避難行動区域設定の表現方法については議論中であり、大きく変わる可能性がある。
 1) 対象は原則として噴火現象に伴う災害。
 2) 火山活動について兆候が全くないまま噴火には至らない。
 3) 噴火直前に火山情報が出る場合と出ない場合に分けて考える。
 4) 計画策定上、絶対条件ではないが便宜的に、
   ・噴火の前兆が出てから余り長くならないで(例えば2-3週間程度)噴火
   ・噴火現象もあまり長く継続しない(例えば2-3週間程度)
  として計画を検討する。
 5) 想定する火山現象と、その影響範囲は、原則として、国のハザードマップ検討委員会の想定現象・想定範囲とする。

4.防災計画策定の基本的項目と基本的考え方

1) 本部体制
    ・原則として気象庁の発表する「火山観測情報」「臨時火山情報」「緊急火山情報」に合わせて本部体制を整備する。
    ・災害対応の準備または準備を支援する段階は事前配備態勢とする。
    ・災害対応を実施または実施を支援する段階は災害対策本部態勢とする。
    ・県の体制は市町のもっとも高いレベルの体制と同様とする。
    ・県は災害対策本部設置と同時に県東部方面本部が開設される。
    ・市町との情報収集・伝達や職員派遣は県東部方面本部が行う。
    ・国の非常災害現地対策本部(又は緊急災害現地対策本部)との連携体制の整備を図る。
    ・学識者・専門家による支援体制の構築


2) 情報収集・伝達・共有体制の整備
   ・「火山観測情報」「臨時火山情報」などの他観測監視データの収受・伝達の体制整備
   ・異常現象の通報受理体制の整備
 ・住民広報、マスコミ対応等の事前体制整備

3) 避難活動体制の整備
   ・避難計画の策定、周知。特に事前避難想定区域の周知
   ・避難行動様式、対象事象、対象区域は、原則として国のハザードマップ検討委員会の想定範囲とする。
   ・住民避難は事前避難、地区内避難、同一市町内(準)広域避難、市町外広域避難とする。
   ・事前避難:火口出現可能性領域、火砕流・火砕サージ到達範囲、噴石危険範囲、溶岩流2〜3時間到達範囲)、融雪泥流危険範囲(積雪期)
      地区内避難:大規模噴火が確認され、事前避難対象地区外で大量の降下火砕物が見込まれるとき、地域内の堅牢な建物内に避難する。
      同一市町内(準)広域避難:事前避難対象地区外へ溶岩流の流下が拡大したときなど
      市町外広域避難:大規模噴火が確認され、事前避難対象地区外で大量の降下火砕物が見込まれる、若しくは溶岩流の流下がさらに拡大したときなどに行われる。
   ・避難支援体制の整備
 
4) 災害時要援護者支援体制の整備
    (事前避難は火口出現可能性領域、火砕流・火砕サージ到達範囲、噴石危険範囲、溶岩流24時間到達範囲、融雪泥流危険範囲(積雪期)とする。)
 
5) 社会的混乱防止対策
    効果的な広報活動、問い合わせ相談窓口の設置、デマうわさなどの打ち消し
 
6) 入山自粛要請
    臨時火山情報発表時に、住民事前避難対象範囲を対象とする。
      (観光客対策も必要)

 


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2004年10月,日本火山学会: kazan-gakkai@kazan.or.jp