富士山における火山情報と防災対応

山里 平(気象庁地震火山部火山課)

 


 

1.気象庁の火山観測と火山情報

 日本には108の活火山(注)気象庁は,「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動がある火山」を「活火山」と定義しています.があります.気象庁は,そのうち,火山活動が活発な火山に地震計,GPS,監視カメラなどの観測機器を常時設置し,全国4カ所(札幌,仙台,東京,福岡)にある火山監視・情報センターで集中監視をしています(図1参照).それ以外の火山については,各センターの火山機動観測班が数年に1回程度の巡回観測を行っています.

 
図1 日本の活火山の分布.気象庁が連続観測をしている火山はその名称を付記しました(平成16年8月現在).

   富士山では,2000〜2001年の低周波地震の増加を受けて,文部科学省科学技術・学術審議会測地学分科会火山部会(火山噴火予知計画を策定している組織)が観測強化計画を策定し,この数年で各機関の観測体制が格段に強化されました.気象庁も,1987年以来,山頂の測候所に地震計を設置して,データを本庁(東京)にまで伝送して監視を続けてきましたが,山頂部での観測点を増強して,東京大学や防災科学技術研究所の地震計や傾斜計のデータも分岐を受けて,東京火山監視・情報センターが24時間体制で監視しています.
 気象庁は,火山に異常が発生した場合などには火山情報を発表します.火山情報は,オンラインで地方自治体や防災機関,報道機関に伝えられ,住民に伝達されます.火山情報には,緊急性の高い順に,緊急火山情報,臨時火山情報,火山観測情報の3種類があります(表1).

 

 緊急火山情報は,重大な火山災害の発生あるいは発生のおそれに対して発表される情報で,1978年以来(1993年までは「火山活動情報」という名前でした),十勝岳(1988年),有珠山(2000年),草津白根山(1983年),伊豆大島(1986年),三宅島(1983,2000年),雲仙岳(1991〜93年),阿蘇山(1979年),桜島(1986年)で発表されています.緊急火山情報は,これまでは規模の大きな噴火が起きたり,噴火による直接の被害が発生した直後に発表されることが通例でしたが,2000年3月の有珠山,同6月の三宅島では,気象庁は初めて噴火発生前に緊急火山情報を発表し,これは住民の事前避難に役立ちました.
 臨時火山情報は,火山に異常が発生して注意が必要な時に発表されます.臨時火山情報は,2000年以降では,十勝岳,有珠山,北海道駒ヶ岳,岩手山,磐梯山,草津白根山,浅間山,三宅島,阿蘇山,霧島山,桜島,口永良部島,諏訪之瀬島の13火山で発表されています.
臨時火山情報は,噴火が発生した場合に加え,噴火の前兆とされる火山性地震の増加等の異常現象が観測された場合にも発表されます.例えば,2003年12月に噴気活動が活発化した霧島山(御鉢)では臨時火山情報が発表され,一時登山規制が敷かれました.
 火山観測情報は,緊急火山情報や臨時火山情報を補完する目的で,緊急火山情報や臨時火山情報がすでに発表されている場合に火山の状態をきめ細かくお知らせする目的で発表される場合と,緊急火山情報や臨時火山情報を発表するまでには至らない火山活動の変化があった場合に発表されます.例えば全島避難が続く三宅島では,火山ガスの状態や上空の風の予想などを伝えるため,1日2回火山観測情報を発表しています.
 また,全国の火山活動の判断をする組織として,火山噴火予知連絡会があり,気象庁はその事務局を務めています.火山噴火予知連絡会の活動判断結果も,必要に応じて気象庁が火山情報として発表することになっています.

2.富士山ではどのように火山情報は発表されるか

 観測開始以来,富士山の火山活動は静穏で,火山情報が発表されたことはありません.しかし,富士山は活火山であり,将来いつか再び火山活動が活発化するに違いありません.
 富士山ハザードマップ検討委員会(事務局:内閣府,総務省,国土交通省)において,富士山の火山活動が活発化した場合に,どのような防災対応をとればよいかが検討されましたが,その中で,気象庁が発表する火山情報をトリガーとして様々な防災対応をとるとされています.委員会がまとめた気象庁の火山情報の発表,それに伴う防災対応の基本的考え方を,表2に示しました(富士山ハザードマップ検討委員会,2004).

 

 一方,火山噴火予知連絡会富士山ワーキングループは,1707年の宝永噴火時の噴火前兆現象や噴火活動の推移をまとめ,そのような噴火がもし現在発生したらどのような火山情報発表のタイミングとなるかをまとめました(気象庁,2003).
 将来の富士山の噴火がどのような形になるかはよくわかりませんが,ひとつの例として,1707年の宝永噴火のような噴火がもし現在起きたとしたら,どのようなことが観測され,気象庁からどのような火山情報が発表され,どのような防災対応がとられるのかを,これらの検討結果をもとに,見ていきましょう.


【噴火1〜2ヶ月前】
火山現象:
 山中のみで有感となる地震活動が次第に活発化します.この時点ではまだ地殻変動は観測されません.

火山情報:
 火山観測情報が随時発表され,火山性地震の状況を知らせます.

対応:
 この時点では,住民の方々は特段の対応は要りませんが,火山活動を正確に理解し,今後の火山活動についての情報に注意する必要があります.気象庁は火山機動観測班を派遣して観測強化を行います.火山噴火予知連絡会が随時開催され,活動の評価結果が発表されます.

【噴火十数日前〜】
火山現象:
 山中のみで有感となる地震活動が多発し,ほぼ毎日鳴動が聞かれるようになります.わずかな地殻変動が観測されるようになります.

火山情報:
 臨時火山情報が発表され,注意喚起がなされ,その後の火山観測情報で随時火山の状態をきめ細かく伝えます.

対応:
 登山の自粛,規制が行われます.登山客は速やかな下山が必要です.火山噴火予知連絡会が随時開催され,活動の評価結果が発表されます.

【噴火数日前?】
火山現象:
 地震活動はますます活発化します.地殻変動も続きます.

火山情報:
 「噴火の可能性が高まっています」とする臨時火山情報が発表されます.その後の火山観測情報で随時火山の状態をきめ細かく伝えます.

対応:
 登山規制だけでなく,観光客に対しては,定められた区域からの自主避難が呼びかけられます.災害時要援護者(病人等)についても,避難する必要があります.火山噴火予知連絡会は,富士山を専門的に検討する富士山部会を設置し,随時開催され,活動の評価結果が発表されます.自治体等は災害警戒本部等を立ち上げ,対策をとります.

【噴火前日】
火山現象:
 山麓でも身体に感じるような地震が発生するようになります.顕著な地殻変動が観測されるようになります.

火山情報:
 緊急火山情報が発表されます.その後の火山観測情報で随時火山の状態をきめ細かく伝えます.状況に応じて緊急火山情報を続けて発表することもあります.

対応:
 決められた地域の住民は速やかに避難する必要があります.災害対策本部が設置されます.火山噴火予知連絡会富士山部会が随時開催され,活動の評価結果が発表されます.

【噴火当日】
火山現象:
 富士山南東山腹から噴火します.鳴動を伴い,噴煙は成層圏まで達し,東京でも多量の降灰があります.

火山情報:
 噴火が発生した時点で緊急火山情報が発表されます.そしてその後の噴火の状況について火山観測情報でお知らせします.降灰シミュレーションによる降灰の予測情報も発表します.

対応:
 国の非常災害対策本部が設置されます.火山噴火予知連絡会富士山部会が随時開催され,活動の評価結果が発表されます.(宝永噴火の際にはありませんでしたが)溶岩流が流れ出した場合は,噴火した方位の住民は場合によってはより広範囲の避難が必要な場合があります.

【噴火後】
火山現象:
噴火は十数日間続き,消長を繰り返しながら次第に低下していきます.収縮を示す地殻変動が観測されます.

火山情報:
火山観測情報で随時火山の状態をきめ細かく伝えます.噴火が一旦収まった後もしばらくは火山情報の発表は続きます.

対応:
火山噴火予知連絡会が随時開催され,活動の評価結果が発表されます.その結果を受けて,気象庁や専門家を含めた協議がなされ,段階的に避難指示が解除されます.


 以上は宝永噴火と同じように推移した場合の例であり,違う噴火様式になった場合はこれとは異なった推移をたどることもあります.例えば,小規模な噴火の場合は,前兆現象が明瞭でないため,必ずしも噴火の可能性に明確に言及した火山情報が発表されずに噴火してしまうこともあり得ます(ただし,小規模な噴火の場合には,居住地にまで被害をもたらす可能性は低いと思われます).
 また,異常現象が観測されても必ずしも噴火につながらない場合もあります.実際に火山情報が発表された場合は,火山活動の状況を十分に理解し,自治体の避難指示等に従い冷静に対応することが重要です.また,万が一の災害に備えた平常時からの心構えも重要です.

3.富士山の火山防災の今後

 富士山では,我が国では初めて国を挙げてのハザードマップの検討が行われました.その中で気象庁の発表する火山情報に対しての防災対応がきめ細かく検討されました.また,富士山の火山監視体制もこの数年で強化されました.
 富士山は,万が一噴火した場合,被害が甚大かつ広域にわたるおそれがあります.そのため,国や地方自治体が連携した広域的な防災対策が必要で,富士山ハザードマップ検討委員会に引き続き,富士山広域防災検討委員会(事務局:内閣府,総務省,国土交通省)が設置され,今後,火山防災対策,火山との共生のあり方等が検討される予定です.

関連するインターネットサイト

気象庁・火山の資料のページ
http://www.seisvol.kishou.go.jp/tokyo/volcano.html

富士山火山防災協議会のページ
http://www.bousai.go.jp/fujisan-kyougikai/

引用文献

気象庁 (2003) 火山噴火予知連絡会富士山ワーキンググループ報告書.50p.
富士山ハザードマップ検討委員会 (2004) 富士山ハザードマップ検討委員会報告書.240p.

 
 


公開講座04目次へ      ・NPO法人日本火山学会ホームページへ
2004年10月,日本火山学会: kazan-gakkai@kazan.or.jp