人工衛星を利用した火山変動の観測 
- 最近の成果と浅間山の観測結果 - 

 村上 亮 (国土地理院地理地殻活動研究センター)


1.はじめに

 火山現象は極めて多様な現象であり、それを理解するためには、地球物理学、地質学、地球化学など様々な科学技術の粋を集めた観測手法が駆使される。なかでも、人工衛星など宇宙技術を利用した観測手法は、最近飛躍的なシンポを遂げ、火山のメカニズムを理解するための新しい手段として、大きな成果をあげている。我が国では、GPSと呼ばれる人工衛星システムを用いた地殻変動観測装置が全国に約1200点設置され、火山活動にともなう地殻変動を含め、日本列島周辺で進行している様々な地殻変動を精密に計測している。また、周期的に地球を周回する人工衛星や航空機に搭載されているレーダーを用いて、広い範囲の地殻変動を面的に捉える技術も登場し、火山活動についての興味深いデータを提供している。これらの新しい観測技術は、1998年に活動した岩手山や、2000年に相次いで噴火した有珠山や三宅島の火山活動のメカニズムを理解する上で重要なデータを提供した。最近、久しぶりに噴火した浅間山の活動に伴うと思われる地殻変動が、周辺に設置してあるGPS観測点によって捉えられている。

 ここでは、人工衛星を利用した新しい技術が最近の噴火現象の理解にどのように役立ったかを紹介し、あわせて、新しい技術で観測されつつある浅間山周辺の地殻変動とその意味について最新の成果を紹介する。

2.地殻変動と噴火予知

 地下のマグマなどの物質の動きに伴い、さまざまな変化が地表面に生じる。これらの変化は、地下の物質の移動や応力の変化に対応しており、火山周辺の地殻変動の観測から、地下の物質の作用の様子を知ることができる。このような観測技術として、従来は伝統的な測量技術である三角測量や水準測量が一般的であったが、最近では人工衛星を利用したGPS連続観測や、衛星や航空機に搭載した合成開口レーダーによる面的な地殻変動観測手法などが登場し、空間的にも時間的にも高い分解能で、高精度な地殻変動観測を行えるようになった。さらに、観測をしてから直ちに結果を知ることができるかどうかについての実時間性も格段に向上している。

 
図1. 火山活動と地殻変動 
地下のマグマの動きによって、地上では距離の伸び縮みや地盤の隆起・沈降などが引き起こされる。これを観測することによって、逆に地下のマグマの動きを推定することができる。

 

 これらの観測によって計測された地殻変動から火山活動に関連するマグマの動きなどを知ることができる。地下のマグマの移動の形態は、図1のように、@板状の割れ目(垂直の場合はダイク;水平の場合はシルと呼ばれる)にマグマが注入されたり、A球状の地下の穴にマグマが蓄積されたり(マグマ溜り)するものであり、それらが組み合わされる場合も多い。各要因はそれぞれ特徴的な地殻変動を伴うので、地下でどのような出来事が起こっているのかについて理解することができる。我々は、火山の地下の次のような情報を得ようとして、多くの活火山の周辺で地殻変動を観測している。

1.マグマ溜りの深さやより深部からの供給率
2.マグマの移動の有無とその量
3.ダイクやシルの形成とその位置、深さ、厚さ

 ただし、巨大なマグマ溜りが地下に静かに存在していても、それが変化しなければ地殻変動観測では捉えることができない。しかし、噴火時など、通常はマグマやガスなどの流体の大規模な移動を伴うので、ほとんどの場合地殻変動が発生すると考えられている。

 火山噴火予知を念頭におく場合、地殻変動の解析は次のような目的をもっている。

1.対象とする火山でマグマの蓄積が進んでいる場合、火山のマグマ供給システムの実体や蓄積のスピードを理解する。また、過去の噴火における噴出量などがわかっている場合には、長期的な展望として現在がおおよそどのステージにあるのかを知る。

2.対象とする火山で活動が始まり、ダイクが形成されたり、マグマや流体が移動したりしている場合、その位置や深さを推定する。それらの情報から可能な場合には噴火の発生地点を予測する。

 いずれの場合も、地震観測、地球電磁気観測等、他の観測事実を統合させ総合的なモデルとして予測の信頼性を向上させることが重要である。 もちろん、現実の火山噴火予知の実践においては、観測データが実時間でふんだんに手に入るというような理想的な状況で予知の取り組みがなされるのではなく、様々な制約の中で、可能な限り速やかに活動を理解し、予測を行う努力がなされる。

3. GPS衛星を用いた連続地殻変動観測

 GPSは、地上に設置した受信機でNAVSTAR/GPSとよばれる米国の衛星からの電波を受信し、受信アンテナの位置を正確に求める技術である。GPSはカーナビなどに広く利用されている身近な宇宙技術であるが、その電波を高度に利用することによって、mm単位の精密な地殻変動計測を行う技術が開発されている。現在我が国では、国土全体にほぼ均一に設置された1200の観測点で、連続的に観測されデータを電話線などを通じて中央局に送信し、速やかに測位解析計算を行って、ほぼリアルタイムで観測局の位置の変化を連続的に観測することができるようになった。図2にGPS観測点の写真と全国の配置の様子(1000点時)を示す。

 
図2. 我が国のGPS観測網 
写真のようなGPS観測点が全国に約1200点設置され、毎日地殻の動きを観測している。観測の精度は1cm程度までに達しており、微小な変化まで観測できる。

 

 GPS連続観測の特徴は、連続的にしかも水平および上下方向の地殻変動を同時に計測することが可能であることである。火山活動の伴う地殻変動のように、変動が急速に進展する場合でも、活動するマグマの動きに対応した時々刻々の地殻変動情報を計測し、活動をリアルタイムに捉えることも可能となりつつある。また、長期間のデータを解析することにより、伊豆大島、三宅島(2000年噴火以前)、桜島などの代表的な火山において、マグマの蓄積過程と考えられる膨張性の地殻変動も観測されている。これらは、対象とする火山のマグマシステムを理解するための極めて重要なデータを提供する。

 データの観測精度は、水平成分1cm程度、上下成分2〜3cm程度であるが、条件が整っている場合には数mm程度の変動(水平成分)の検出もできるようになった。現在は、最速でも3時間に一回程度の計算頻度であるが、時間分解能には向上の余地がある。GPSの観測自体は最高毎秒1回行うことは難しくないので、リアルタイムで連続的に観測・解析することにより、急激に変化する現象を追跡することも可能となり、活動の詳細に対する理解がさらに深まることも期待される。

4.人工衛星の目による地殻変動観測

  GPSの空間分解能には限界があるため、それを補う形で、空間的に密なデータ取得の手段として期待されているのが、衛星や航空機に搭載されたレーダーによる地殻変動計測である。

 合成開口レーダーは、衛星や航空機に搭載され、そこから発射された電波の一種であるマイクロ波の地上からの反射を数値的に解析処理して、反射波の強さなどを計測する技術である。地上を数mから数10m四方の大きさの単位に分け、そこからの電波の反射強度とその衛星から地上までの距離に関係する量(位相)を測定する。衛星は同じ軌道から地上を観測するため、繰り返し観測された時期の異なるデータを比較することによって、対象物の位置の変化を捉えることができる。

 このような計測によって、1cm程度の精度で地殻変動を明らかにすることできる。衛星搭載のセンサーを利用する場合、1回の観測で100km×100km 程度の広い範囲にわたって、数10mから数mに1点という高解像度で測定がなされる。航空機の場合は、使用波長にもよるが、通常、撮影範囲は衛星より狭いものの、計測の分解能は高い。

 干渉SARによって、噴火間の定常状態にはマグマ供給システムの理解につながるデータが得られることが期待される。また、活動中は、速やかに繰り返し観測が実施できれば、ダイクの成長など、マグマの移動を追跡するデータが得られる。

5 宇宙からの観測によってこれまで何がわかったか

 最近の有珠山や三宅島の噴火において、それらの噴火メカニズムを理解する上で、宇宙技術を利用した観測は目覚ましい活躍をしたが、ここでは、2000年三宅島噴火および神津島近海地殻活動において地殻変動観測が果たした役割を例にとって、その役割を紹介する。

 2000年三宅島噴火を契機とする伊豆諸島北部の地殻活動は、島嶼部を中心に発生したため、活動域の大半を占める海域での地殻変動観測は大きな制約がある。これらの地域では、従来から地震や火山活動が活発であり、今回の活動が始まる以前から、三宅島・伊豆大島にそれぞれ4点、神津島に2点、式根島、利島および御蔵島に1点のGPS観測点が設置され運用されていた。これらの観測点により、観測史上まれに見る地殻活動の推移を克明に観測することができた。

 三宅島内にあった4点のGPS点では、2000年6月26日の地震活動の発生とほぼ時期を同じくして急激な地殻変動が始まったことが観測された。この活動が始まる以前にも三宅島の地下にあるマグマ溜りへのマグマの供給を示唆するゆっくりとした膨張と島の南西部の緩やかな隆起が観測されており、噴火に向けての準備がゆっくりと着実に進んでいると考えられていた。

 地震の急激な増加以後、島の西半分の南北への伸張と南西部の阿古という地区にある観測点の顕著な沈降を特徴とする変動が見られ、阿古の直下から北西海域に伸びるダイクが形成されたことが示唆された。その後は、島内の観測点間の距離が急激に短縮する変動が7月から9月初旬までの間、継続したが、全島民の島外への避難のため停電となり観測が中断した9月中旬には、変動は、かなり鈍化していた。その後も緩やかな島の収縮が現在まで続いている。2000年9月中旬までの時点で、水平変動は、水平変動で最大80cm、上下変動で最大70cm(沈降)に達した。2000年8月下旬頃から、大規模な脱ガスが継続しているが、脱ガス量と収縮には関連があるようにみえ、脱ガスによるマグマ溜り内物質の体積減少を反映した収縮である可能性がある。

 さて、最初三宅島で始まった地震活動は、その後北西の方向に移動した。神津島の東方沖でもM6クラスを含む活発な地震活動があり、7月初め頃からは、神津島と新島間の距離が伸張する地殻変動が顕著となってきた。神津島、新島、式根島は、それぞれが火山であり、神津島の北部を中心として、2000年以前にも大きな地殻変動が継続して発生しており、その原因が火山性のものである可能性が高いと考えられていた。神津島と新島の距離が伸び始めたことにより、神津島周辺における新たな噴火も懸念されたため、GPSにより変動の経過が注意深くモニターされた。結局、消長を伴いながらも、10月には、変動はほとんど収まった。ただし、変動は現在も僅かではあるが、継続しており、両島の距離は緩やかに伸びている(2002年7月時点)。変位量は、2000年10月の段階で、神津島と新島の距離の伸びが80cm以上に達し、また、神津島の隆起は20cmを越えている。

 図3に2000年夏頃に三宅島や神津島周辺で発生した水平地殻変動が示されている。その大きさは60cmを超えるものもあり、活動規模の大きさがわかる。

 
図3. GPS観測によって捉えられた2000年夏の三宅島噴火にともなう地殻変動
三宅島の地下から大量のマグマが横に移動し、三宅島と神津島の間の海底の下で大規模な群発地震活動が発生した。これに伴う地殻変動がGPSによって克明に捉えられた。

 

 また、今回の噴火活動においては、三宅島の山頂部で巨大な陥没孔が出現しそれが拡大するという極めて特異な現象が発生した。また、そこから放出されるガスは世界の他の火山においても類例がないほど膨大な量である。陥没孔の形成や継続する火山ガス噴出のメカニズムについては、未だにその全容が明らかとなっていないが、時間経過に伴う陥没の進行の様子を知ることは、そのメカニズムの解明と今後の予測にとって極めて重要であると考えられる。

 さて、GPSの連続観測結果等を総合すると、今回の活動に伴う地殻変動は、三宅島のマグマ溜りの収縮、三宅島西方海域や、神津島近海のマグマの貫入、さらに神津島近海に存在するクリープ性(ゆっくりすべる)断層の組み合わせで、地殻変動をほぼ説明できることがわかっている(図3参照)。また、これらの力源は震源の分布など地震活動に関するデータとも整合的である。各力源の時間とともに変化する様子をGPS観測により把握することができ、地殻変動観測は、火山活動の推移を理解する上で有用な情報を提供できたと考えられる。

 今回の活動においてGPS連続観測による解析結果が果たした最も大きな役割は、

1)活動の初期の時点において地震数の顕著な増加とともに地殻変動の発生を準リアルタイムで捉え地下におけるマグマの移動が始まったこと、マグマは西方に移動し、主要な活動は三宅島の西方海域であることを強く示唆する情報が得られたこと。

2)7月初頭から始まった、神津島と新島の距離の伸張をいち早く確認し、神津島東方沖海底にマグマの貫入が始まったことを明らかにしたこと。

があげられる。このような情報は防災上の判断を速やかに行う上で重要な情報となったと考えられる。 

 これらについては、今回の経験を生かし、観測システムの運用性・信頼性を高める努力を続けることと、様々な観測の結果を総合的に火山を理解する体制を構築することが必要であると考えられる。

6 GPSがとらえた浅間山の膨張

 浅間山周辺には、嬬恋(950221)、東部(950268)軽井沢(950269)などのGPS観測点が設置されている。これまでも浅間山周辺で発生する地震活動に呼応した変動が観測されていた。地震活動が低調であった1997年末から1999年夏までの比較的静かな時期と、地震数が増え小規模な噴火も発生した2002年春以降との浅間山周辺の地殻変動調べると、静穏期には山体が収縮し、地震活動が高まる時期には山体が僅かに膨張することがわかった。図4に浅間山を挟んで南北に向かい合う嬬恋と佐久の間の距離の変化を示す。地震活動が静かなときには浅間山の収縮を意味する距離の短縮が見られるが、地震活動が活発になると距離が伸びており、マグマの注入が示唆される。

 
図4. GPSによって観測された嬬恋―佐久間の距離の変化
地震活動が静かな時期は、距離は短縮しているが、地震活動が活発になると距離が伸びる様子が観測されている。

 

 観測点の数が十分とはいえないので、変動のパターンの詳細を確定するにはいたらないが、その水平変動分布は垂直の板状の割れ目(ダイク)の開閉を示唆するパターンにみえる。浅間山の地下、約2〜3kmの深さに、板のような形をしたマグマ溜りがあり、そこに時折ガス成分に富んだマグマが注入され、そのときには山体が膨張するが、そこから時間をかけてガスが抜けるにしたがい収縮してゆくといったメカニズムが推定される。図5に水平地殻変動の分布と推定されるマグマの板の位置を示す。観測された変動は1cm程度と小さいが、このような僅かな変動を捉えることができるようになったため地下のマグマの静かな動きまで理解できるようになった。いずれにせよ浅間山の地下には現在も活動しているマグマのシステムがあることは確かであり、今後の活動の推移を理解する上で宇宙技術を利用した観測手法は重要な働きをするであろう。

 
図5. 地震活動活発期の浅間山周辺の水平地殻変動

 

7 まとめと今後への課題

 火山は様々な恵みを与えてくれる存在であるとともに、大きな災害を引き起こす力も秘めている。科学技術の進歩によって、火山のしくみもその詳細が次第に明らかになってきたが、どの場合にも噴火が予知できる段階には程遠い。噴火予知をさらに高度なものにするためには、個々の専門分野における最先端の技術を開発することが、まず重要であるが、各分野の観測で得られた様々な情報を統合して、総合的な火山像の構築につなげていくことが必要である。今後これらの課題が克服され、火山に関する我々の理解が深まり、噴火予知の技術もさらに向上することが期待される。  <
 


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2003年10月,日本火山学会: kazan-gakkai@kazan.or.jp