火山ガスと防災

東京工業大学 火山流体研究センター 平林 順一


1.はじめに

 一昨年6月から活動を始めた三宅島では、同年9月以降山頂に形成された陥没火口から大量の火山ガスが放出されるようになりました。そのうち、二酸化硫黄(SO2)ガスは、多いときには1日に5万トンを超え、現在でも1万〜2万トンが放出されています。このために海岸線近くでは、環境基準である1時間値0.1 ppm、日平均濃度0.04 ppmをはるかに超えるSO2濃度がしばしば測定されています。二酸化硫黄は濃度が20 ppmを超えると咳き込んだり、涙がでるようになり、500 ppmを超えると死に至る毒性の強いガスです。このため、約4,000名の島民は帰島のめどが立たないまま長い避難生活を余儀なくされています。SO2ガスによる災害は、阿蘇山で時々発生しています。

 火山ガスのなかにはSO2以外にも、毒性の強い成分が含まれています。1997年9月15日、安達太良山沼の平火口で硫化水素(H2S)による火山ガス事故が発生し、登山中のハイカー4人が亡くなりました。また、同年7月には青森県八甲田山麓で、高濃度の二酸化炭素(CO2)の溜まっていた窪地に落ちた自衛隊員3名が亡くなっています。

 本日は、各地の火山から放出されている火山ガスについて、その化学的特長やその危険性、火山ガスによる災害例と対策などについてお話いたします。

2.火山ガスはどこから出てくるか? その化学的特長と噴出量

 日本には86の活火山がありますが、北方領土と海底火山を除く67火山のうち、約80%にあたる54火山から常時火山ガスが放出されています(図)。火山ガスは、地下のマグマに溶けている水素(H)、酸素(O)、塩素(Cl)、イオウ(S)、炭素(C)、窒素(N)等の揮発性成分が圧力低下などによって発泡し、水蒸気(H2O)、フッ化水素(HF)、塩化水素(HCl)、SO2、H2S、CO2、水素(H2)、窒素(N2)、一酸化炭素(CO)、メタン(CH4)などとなって地表に放出されるものです。マグマから分離した火山ガスは、地表に到達するまでの間に、地下水と接触したり、ガス成分同士が反応したり、地下にたまっているイオウや有機物からSO2、H2S、CO2、CH4などが供給されることもあり、さまざまな原因で、火山によって、あるいは噴出している場所、温度などによって含まれる成分と濃度が異なります。

 一般に、火山ガスの主成分は水蒸気(H2O)で、90%以上含まれています。H2O以外の化学組成はその温度によって異なり、温度の高い火山ガスにはHF、HCl、SO2、H2、COなどが多く含まれ、温度の低い火山ガスではH2S、CO2、N2などが主成分となります。

 表1に主な火山からのSO2の放出量をまとめました。図1に示したように、三宅島では、今でも一日に平均15,000トンが放出されており、これは全世界の火山から放出されるSO2の約40%にあたります。また、これまでに放出されたSO2量は約15,000,000トンで(図1)、これは中国が一年間に燃やす化石燃料から出るSO2量に匹敵します。三宅島の火山ガス放出活動は、まだ2年間ですが、桜島では約50年間にわたって一日に1,000〜2,000トンのSO2が定常的に放出されており、このSO2放出量と火山ガス組成から計算した全ガス放出量は、一日に10,000〜20,000トンになります。同火山ではしばしば爆発的噴火が発生していますが、そのときには短時間に同程度〜約10倍の火山ガスが放出されます。外国では、メキシコのポポカトペトル火山やイタリアのエトナ火山からも大量のSO2が放出されています。また、大きな噴火では、例えばアイスランドのラキ火山1783年の噴火では、90,000,000トンの硫酸(H2SO4、SO2に換算すると約60,000,000トン)が放出されました。

 火山ガスの放出量の測定は、ガスの放出されている状態によって方法が異なります。 よく使われる測定法は、SO2ガスが太陽からの特定の波長の紫外線を吸収する性質を利用する方法です。この方法で測定したSO2放出量と火山ガスの化学組成から、火山ガスの総放出量が推定できます。また、噴煙の移動する状態から主成分である水蒸気量を測定する方法もよく使われています。

3.火山ガスによる事故

 火山ガスによる死亡事故は、火砕流や泥流と較べれば少ないとはいえ、1900年以降の火山災害での死亡者の約2.5 %にあたる1900名が火山ガスでなくなっています(表2、宇井編(火山噴火と災害、1997、東大出版会))。最も大きな火山ガス事故は、1986年、アフリカのカメルーン国で発生しました。この事故は火口湖であるニオス湖の湖水に溶けていた火山性のCO2が約1 km3 突出しことによって発生し、1,734人が死亡、約7,000頭の牛が死にました。また、1979年には、インドネシアのディエン高原でも、噴火によって放出されたCO2によって142人が死亡しています。

 日本では、このように一度に多くの人命が奪われる火山ガス事故は発生していませんが、時々火山ガスによる死亡事故が発生しています。表3に1950年以降に発生した火山ガス事故をまとめました。この50年間に、28回の火山ガス事故が発生し、49名が亡くなっています。これら事故の原因となった火山ガスの成分は、全体の80 %がH2Sです。次いでSO2が原因となっています(図2)。但し、SO2による事故は、阿蘇山で発生しているだけです。阿蘇山は活動的な中岳火口からHClやSO2を多く含む火山ガスが放出されていること、その火口縁に年間100万人近い人が立ち入る観光地であること、これまで被害にあった人の多くは喘息の持病があり、低濃度のSO2によっても発作を起こしたことなど、阿蘇山のSO2によるガス災害は特殊です。また、日本でのCO2によるガス事故は、八甲田山だけです。

 これまでの多くの火山ガス事故は、火山ガスが噴出している周辺の窪地や谷地形などで発生しています。また、風が弱く、曇天の時に発生しています。これは、表4に示したように、H2S、SO2、CO2など成分は、空気に較べて1.2〜2.2倍重いために低い場所にたまりやすい性質によります。また、無風・曇天の時には、噴出した火山ガスが拡散しにくく、地表近くが高濃度になりやすいために、事故が起こりやすいのです。この2つの条件が重なると事故の発生確率が高くなります。

 火山ガスによる災害は、ガスの毒性による直接的な災害だけではありません。大きな噴火では、数10 km上空まで上昇した火山ガスがエアロゾルとなり、固体微粒子とともに長期間成層圏に滞留するため世界規模の気温低下の原因となります。大きな噴火で放出された火山ガスの量(硫酸などとして)と噴火後の世界的な気温低下との間には関係があります。例えば、前述した90,000,000トンの硫酸が放出された1783年のアイスランド、ラキ火山の噴火では、噴火後世界の平均気温が約1℃低下しました。また、成層圏に注入された火山ガスはオゾン層破壊の原因の一つにもなります。噴火で対流圏に放出された火山ガスは酸性雨(酸性霧)の原因にもなります。このため、食物や家畜の餌に被害を及ぼし飢饉をもたらすことがあります。ラキ火山の噴火では、300km遠方まで酸性雨(霧)が降り、牧草が枯れたために家畜が死滅し、飢饉となりました。鹿児島市内では、桜島からの火山ガスが原因で、pHが3以下の酸性の雨が降ることもあります。

4.火山ガスの毒性

 火山ガスに含まれる成分のうち、HF、HCl、SO2、H2S、CO2、COが毒性を持ち、その毒性を表5にまとめました。

 高温のガスに特徴的なHF、HCl、SO2は刺激臭を伴い、許容濃度はそれぞれ3 ppm、2 ppm、5 ppm(アメリカの基準では2 ppm)で、致死濃度も500 ppm〜1,000 ppmと極めて毒性が強いガスです。これらガス成分は活動的な火口や高温で活発な噴気孔からのガスに多く含まれています。これら火山の火口付近は登山禁止になっていたり、近づきにくいこと、また刺激臭が強いためその存在が容易に検知されることなどの理由で、阿蘇山の例を除けば、これらガスによる死亡事故は起こりにくいといえます。

 多くのガス災害の原因であるH2Sガスも毒性が強く許容濃度は10 ppmで、400 ppmを超えると生命が危険となり、700 ppmを超えると即死すると言われています。H2Sガスは0.06 ppm程度でも臭気を感じ、低濃度ではいわゆる“卵の腐った臭い”がしますが、高濃度になると臭気が感じなくなります。H2Sガスは火山ガスに普通に含まれる成分ですが、特に低温の噴気ガスに多く含まれています。現在、定常的に火山ガスを放出している54の活火山では、桜島、阿蘇山、三宅島、浅間山などを除くと山腹の比較的温度の低い噴気孔から火山ガスが放出されており、そのガス中にH2Sが多く含まれています。また、火山地帯にはH2Sガスを含む温泉も多く、入浴中のガス事故も発生しています。

 一酸化炭素は許容濃度が50 ppmで、上述の3つのガス成分に較べればやや毒性が弱いが、1,500 ppmを超えると1時間で生命が危険となります。COガスは血液中のヘモグロビンとの親和力が酸素の210倍で、血液の酸素輸送を阻止します。血液中の一酸化炭素ヘモクロビン(COHb)濃度が70 %を超えると生命が危険となります。COガスは高温の火山ガスに特徴的な成分でありますが、その濃度は上述のガス成分に較べれば極めて微量であるため、火山ガス中のCOガスによる災害は発生していません。

 火山ガスに多く含まれるCO2は、特に温度の低いの火山ガスや温泉とともに噴出するガスの主成分です。しかし、その毒性は上述のガス成分に較べれば極めて弱く、許容濃度も5,000 ppmです。CO2ガスの致死濃度は40 %と言われていますが、10 %の濃度でも1分間で死に至った例も報告されています。CO2は臭気もなく見えないために高濃度のCO2が噴出していても認識することができず危険です。八甲田山以外にも北海道の有珠山山麓や九州の霧島で高濃度のCO2が噴出している場所があります。また、九州の雲仙岳山麓にも板底と呼ばれていた地表からCO2が噴出していた場所がありました。

5.火山ガス事故の対策

 ガス災害の発生を防止し、人的被害を軽減するために自治体は、1)火山ガスの発生源の確認と噴出しているガスの特性と挙動を把握する、2)危険が予想される地域には柵などを設置するとともに危険を知らせる看板などを立てる、3)さらに必要があれば、草津白根山に設置されているような自動監視・警報システムなどを設置する、4)住民や観光客にガス災害についての広報活動などの施策を行うことが必要です。 一方、火山地帯を行動する個人は、1)火山および火山ガスについての最低限の知識をもつ、2)立て看板に注意し行動する場所の危険性を認識する、3)危険区域に立ち入らない、4)決められたルートからはずれない、など個々に身を守る努力をしなければなりません。

 このような行政の対策と個人の努力によって火山ガスによる被害の多くは防ぐことができます。 草津白根山では、1976年のH2Sガス死亡事故を契機に、地方自治体が火山ガスの出ている地域に写真1のような硫化水素センサーを設置し、一定の濃度を超えるとスピーカーで危険を知らせる自動警報措置を設置しました、さらに、火山ガスの危険性を知らせる案内板も設置しています。その後同火山では、硫化水素による火山ガス事故は起こっていません。阿蘇山でもSO2によるガス事故が続いたことから、自動監視システムを設置して(写真2)SO2濃度が5 ppmを超えると観光客を火口付近に立ち入らせないようにしています。

 三宅島では、火山ガス放出量が減少して島民の方々が島に戻った後も、条件が重なった時に環境基準を超える高濃度の火山ガスが居住地域に到達することが考えられます。このため、火口からの距離やガスが流下しやすい地形などを考えて、ガス検知装置の設置、同報無線やインターネットなどを用いた情報伝達、避難システムなどについて今から検討しておく必要があります。


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2002年11月,日本火山学会: kazan@eri.u- tokyo.ac.jp