有珠山2000年噴火のGPS観測による地殻変動

北海道大学大学院理学研究科教授  笠原 稔


4.噴火後の地殻変動の推移

 噴火後の地殻変動は、噴火地点に最も近いKNP,KON,IZMのデータが回収不可能になり、GPS観測からだけでは面的には追跡できないが、噴火後多くの観測が投入され、隆起域は、最初、西山西地域と金毘羅を含む領域であったが、かなり早くに西山西地域に限定されていった.噴火前からのデータを含めて、噴火後の地殻変動の特徴を見るために、第4図に壮瞥公民館(KMK)を基準とした、虻田泉(AKT)と母と子の家(HKG)の変動を示した.左上が、西山西隆起域に近いAKTの変動で、左下には、1日あたりの変動速度を示してある.この地点では、噴火後にも変動は続き、4月3日頃に変動率は最大になっている.その後は、指数関数的に単調に減少し、4月の20日頃には非常に小さくなった.一方、隆起域から遠いHKGでは、噴火前には大きな変動がみられるが、その変動は、噴火が近づくに従い変動率が小さくなり、噴火後はほとんど変動していないのが特徴である.また、第5図には、有珠火山観測所(UVO)と大平(OHD)の立つか観測点を基準にした噴火前からの約1ヵ月半の変動を示した.これらの点も、母と子の家観測点同様、噴火までに、大きな変動を示したが、その後はほとんど変化していない.ここで指摘しておきたいことは、噴火前に大きな変動を示した広範囲の観測点で噴火後には、その変動はとまるとともに、決して反対方向への変動を示していないことである.

第4図 噴火前後1.5ヵ月の虻田泉観測点(左上)と母と子の家観測点(右上)の変動とそれぞれの1日当たりの変動率の時間変化(下)
第5図 大平観測点と有珠火山観測所観測点の噴火前後1.5ヵ月の変動

5. 地殻変動から見た有珠山のマグマ移動と噴火

 これまでのデータから、有珠山噴火の定性的モデルを検討してみる. まず、火山性地震の発生とともに、(その原因とも言える)深さ3−4km付近でマグマの体積増加が始まる. 3月28日から29日にかけての震源は有珠山北西方に集中している.体積増加の原因としては、新たな物質の流入かマグマの発泡のいづれ化が考えられる. 今回の地殻変動からは、前者は少なくとも噴火前には認められない.既存のマグマだまりのトップが深さ3−4kmにあって、ここで発泡を開始し、その結果開口性の割れ目を成長させ、圧力減少を誘い、更なる発泡が深部のマグマでも進行し、広域的な地殻変動を引き起こしたものと見られる. 震源は、北西部から南西部・北部へと広がり深い方向へと移動していったことと調和する.
噴火1日前には、こうして膨張したマグマは、その出口を北西部から西部に見出し、浅い場所への移動を開始した. もしも、増加したマグマが移動すれば、その場所のマグマの量は減少することになる. マグマの増加によって引き起こされた広域的な地殻変動は、反転しなければならないだろう. しかしながら、HKG,UVO,OHDのどの観測点も、噴火前に生じた変動をそのまま維持している. これは、マグマの浅部への移動とともに、その移動量に見合う量のマグマを、その場所へあらたに深部から供給を続けていた可能性が高い. 4−8kmに存在したマグマたまりで、その上部での発泡を契機に、開口性の割れ目を作るようにマグマの膨張は続き、ついには出口を決めて浅い場所への移動を始め、それに伴い4−8kmのマグマたまりへの深部からの供給が同時に進行するものではないかと推定される. この意味は、次回の噴火を準備するマグマが噴火中に深部から中間のマグマたまりに供給されるということだ. このことが、噴火と噴火の間には、顕著な地殻変動が観測されず、非常に小さい地震活動から新たな噴火を開始するという有珠火山の特徴を示しているものと思われる. 噴火前からの地殻変動の時間的推移が連続的に捉えられた結果として、このようなモデルを想定できたわけである. 噴火後の変動だけからは、浅い部分に移動してしまったマグマの上昇による局所的な隆起だけが認められ、そのマグマがどう動いたのかの解明はまったくできない. 今回は、噴火前のからの多点での3次元的な地殻変動の連続観測(GPS観測)が、有珠山の噴火歴史の中で始めて捕らえられ、マグマの移動が明らかにできた.

6. 噴火予測とその後の推移予測

 今回は、噴火前のGPS観測は、データは現地収録型であるから時時刻刻大きな変動を示していることを、即時的に見ることはできなかった. 噴火後、携帯電話等によるデータテレメータ方式が導入され、さらに多くの地点での地殻変動観測が実施された. 第3図のような、変動ベクトルの時間変化が1−2時間遅れであっても連続的に監視できる状況にあれば、マグマの移動が「みえる」わけで、浅い場所への移動とその位置の推定は、噴火時刻や場所の予測を可能にするであろう. 火山噴火が、冒頭に述べたようにマグマの地表への接近によるものであるからには、それにより引き起こされる地殻変動の観測が、噴火予知には不可欠であるというべきであろう. 実際的な予知手段として用いるためには、リアルタイムに近い監視方式がとられていることが重要である. 今回の噴火の推移についても、新たな展開があるとすれば、GPS観測網に異常が見えるはづであることと、実際の変動の推移から、マグマ活動の終息が判断された.
 主要な活火山でのGPS多点常時監視網が展開されることを期待したい.

 
<<前ページへ<< 


公開講座目次へ      ・日本火山学会ホームページへ
2000年12月,日本火山学会: kazan@eri.u- tokyo.ac.jp