有珠山2000年噴火のGPS観測による地殻変動

北海道大学大学院理学研究科教授  笠原 稔


1.はじめに

 火山噴火は、本質的にマグマの地表への接近によって引き起こされることは誰もが認めている.たとえば、有珠火山の場合でも、有名な三松ダイアグラムに見るように、マグマの上昇による地表変形・溶岩ドームの成長から、そのことは理解される.しかしながら、そのマグマが噴火前にどのように地下深部から上昇してくるのか、その移動の実態(場所と深さの変動の時間的推移)は、明瞭に理解されているわけではない.粘性が高く動きにくいとされる有珠火山のマグマが噴火前にどのように上昇してくるかについては良くわかっていない.1977−78年の噴火でも、噴火後の新山隆起は詳細に観測されたが、直前の地殻変動については不明であった.また、その後、今回の噴火まで地下でのマグマ上昇や増加を示す地殻変動は観測されていない.今回の噴火を引き起こしたマグマはどのように準備されたのかという疑問も残されている.今回、幸いにも、噴火直前の地震頻発時期からの地殻変動観測が観測できたことから、これらに対する答えの一端がえられたと思われる.GPSによる地殻変動観測から見た、今回の噴火を引き起こしたマグマの動きについて紹介する.

2. 2000年噴火直前のGPS観測網の展開

 3月27日夕刻から始まった地震活動は、28日に入り有感地震の発生にいたり、臨時火山情報が出された。現地の有珠火山観測所の森さんと北大地球物理大島さんから,28日朝連絡が入り、噴火にいたるものと判断し、直前の地殻変動観測を捕らえるための準備をすすめた.北大地震火山センターでは、2周波GPS受信機(Ashtech-Z-XII)7台を準備した.この受信機は、高精度ではあるが、基本的にはAC電源を必要とする.一層の機動性を高めて観測網を展開するために,道立地質研究所所有のDCバッテリーで長時間記録可能な1周波受信機(FURUNO製)を7台準備してもらい、両機関の連携のもとに、28日夜8時過ぎに、札幌を出発できた。この夜は、2周波受信機を,有珠火山観測所[UVO]に設置する。2周波受信機は、有珠火山観測所の地震観測点に設置するものとし、29日10時30分、三豊観測点[MIT]に設置。12時00分、木の実の沢観測点(金毘羅)[KON]に、新たにボルトを設置、観測開始する。[設置者のメモには,有感地震とともにゴンという突き上げる感じの音がするとある.ここが金毘羅山火口Bのすぐ側に位置する. ] 続いて,13時頃、元「母と子の家」観測点(ピア)[HKG]に設置、電源は,DCバッテリーを使用する。この時,壮瞥町には避難勧告がだされる。14時頃立香観測点[TAT]に設置,15時頃大平観測点[OHD]に設置する.ここまでで、6点の展開が終わる。さらに、1周波の観測点を、これらの間を埋めるように設置していった.虻田町泉地区、西胆振消防組合浄化槽にボルトを設置[IZM]し,16時30分観測を開始する.さらに、洞爺湖温泉に廻り、カンポの宿の駐車場に、三脚による設置[KNP]を行い,17時30分記録開始する.29日夕方までに,8点の展開ができたことになる。この夕方から,地震活動は一段と激しさを増し,低周波地震の発生も見るようになり,設置中「危険」を感じる。30日、観測点の増設とデータの回収を急ぎ、緊急的解析をすすめる手段を検討する.2周波の基準点を遠くにすることを検討し,九大松島さんにお願いして,新点立香ふれあいセンター[TFC]にボルトを新設して、昼頃に観測を開始する。1周波は,データの回収ができれば、直ちに解析結果を出せるので、昨日分の回収と、観測点の増設を行うこととする.11時30分、まず、HKGの2周波受信機を、1周波受信機に変更し,大きなバッテリーに置きかえる.1周波の基準観測点として壮瞥町公民館屋上[KMK]にボルトを設置して,13時30分観測開始する。15時、KNPの受信機を交代する形でデータ回収、さらに、虻田町泉地区、西胆振消防組合 [IZM]のデータを回収して、虻田に回り、3等三角点、虻田観測点[AKT]に1周波受信機を設置する.この結果、噴火1−2日前に、第1図に示すようなGPS観測網が展開できた.回収されたデータは、IZMとKNPの2点であるが、IZMに対して、KNPの変動は、1日で、1mを超えるもので、非常に大きな変動が進行していることが確かめられた(第2図b、最上段).

 3月31日は、噴火の危険性は高まっているが、すべての観測点のデータは現地収録型方であり、最悪の場合すべてのデータを失いかねないので、GPSデータの回収を可能な限り行うこととした。予想される西側の観測点を優先として回収することにし、厳しい緊張感の中、午前9時30分HKGのデータ回収、UVOの回収、つづいてKNPの回収を行った.いづれも、受信機を丸ごと交換し、滞在時間を極力短くした。KONの回収に向かうと沢は涸れ、山側に水溜りができており、いたるところに亀裂が走っていた.ここは、まさに金毘羅火口の位置であった.つづいて、IZMの回収をし、虻田へ抜けようと国道230号線を走ると、西山西の最大の隆起が進行することになる場所で、グラーベン構造をもつ断層群が見つかった.この場所の変動は予想外のことであり、非常に噴火が切羽詰っていることが考えられた.AKT,OHDのデータを回収終えた時点で、最初の噴火が発生した.幸いにも、噴火前に展開した全観測点の噴火前の地殻変動のデータを得ることができた.

第1図 噴火前に設置されたGPS観測点分布図
N:西山西火口群、K:金毘羅火口群、△;西より、小有珠、有珠新山、大有珠

 
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2000年12月,日本火山学会: kazan@eri.u- tokyo.ac.jp